宮司さんのぶらり神社参拝記(順次追加)
雄瀧と雌瀧の中間地点に大パノラマが広がります。日本原高原です。
那岐池の近くに遙拝所があります。遙拝所といっても立派なご本殿と拝殿が建っています。
日本原高原の深い山の中に鎮座する。以前から一度参拝してみたかった神社。大自然の中に静かに佇む。

左 車を止め、急な山道を息を切らしながら登ること30分。(写真では平坦に見えますが坂はかなり急!)

左下 ようやく神社の鳥居の下に着きました。鳥居をくぐって最後の石段を登ります。

下中 写真中程右に見えるのが瀧神社御本殿。御本殿の左に瀧が流れ落ちる。これが雄瀧です。

右下 神社から北東方向(だと思う)に約300mで雌瀧にたどり着きます。 
瀧神社遙拝所
日本原高原
瀧神社と雌瀧
瀧神社と雄瀧
瀧神社鳥居
登山道
1,瀧神社(たきじんじゃ:勝田郡奈義町)
時々ひまをみて神社を参拝してまわっています。小さな神社であっても印象に残った神社を紹介していきたいと思います。岡山県内が中心です。詳しい由緒等は省略します。

岡山県神社庁HPに県内神社の解説があります。
各神社は岡山県神社庁HPの神社検索から探すことができます。
つつじがすごい。何がスゴイって色が真っ赤。普通つつじはピンク色が多いと思いますが、ここのつつじはとにかく真っ赤!まるで紅葉しているみたい。宮司さんに聞くと、昔はもっとたくさんあったらしい。ここは公園になっており藤の花も満開でした。
国鉾神社藤の花
国鉾神社つつじアップ
国鉾神社つつじ
2,国鉾神社(くにほこじんじゃ:都窪郡早島町)
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左上 弥高山からの眺め。ここはよく雲海が広がる。雲海の写真は撮れなかったが、眺めは抜群。

左中 上の写真を撮った場所から2キロほど山の谷間を下ります。車1台の幅の細い道だけども、車で行くことができます。車を止めて神社を見上げると石垣の上に社殿が見えます。

左下 九十九折の参道を5分ほど登ると拝殿の前に至ります。大自然の中の雄大な神社。でも昔の人はこのような山の中に大きな社殿をどうやって建てたのだろう。

右下 拝殿左後方に洞窟がありました。奥行きは100メートルもあるらしい。天の岩戸開きの神話を想像できる神々しさを秘めています。 
穴門山神社洞窟
穴門山神社を見上げる
穴門山神社拝殿
弥高山からの眺望
3,穴門山神社(あなとやまじんじゃ:川上郡川上町)
4,真止戸山神社(まとべやまじんじゃ:浅口郡鴨方町六条院中)

べつにこれといってすごくない、と言えばけなしているように聞こえますが佇まいがすごく自然なのです。初めて参拝したときに、大げさな感動ではなくて「ああこの神社は存在自体がすごく自然だな、心が和むようだ、もう少しここに居たい」と感じました。神社は自然と共存していることが大切だと思います。
境内もよく整備されて宮司さんの人柄があふれ出ているようでした。
真止戸山神社社殿
真止戸山神社正面
5,志呂神社(しろじんじゃ:御津郡建部町下神目)

本殿がすごい。大きい。唐破風の大きさは、本殿本体とのバランスでいえば大きすぎます。しかし、組み物、彫刻はすばらしい。拝殿より本殿の方が大きいかも。
氏子会館も立派でした。100人ぐらいが十分入れそうな広さです。

:左:本殿                            右:氏子会館
志呂神社氏子会館
志呂神社本殿
6,石上布都魂神社(いそのかみふつみたまじんじゃ:赤磐郡吉井町石上)

この神社の御神体は後方の山(大松山)の頂上の巨石で、神が天下る磐座(いわくら)です。布都魂とは剣の霊のことで、その剣はスサノオノミコトがヤマタノオロチを退治したときの剣です。本宮は拝殿の後方、山道を500メートル登ったところにあり、付近は「禁足地」とされています。
登る道はそんなに険しくはないのですが、本宮の周辺は何とも言えない神々しさと、すがすがしさを感じさせます。

左:本殿と拝殿                       右:本宮と磐座
石上布都魂神社本宮
石上布都魂神社拝殿
拝殿の前に大きな檜が1本。
トトロがでてきそう。
拝殿:立派な破風が2つ、その下に唐破風、という建物です。
7,上山宮(じょうざんぐう:久米郡柵原町塚角)

拝殿正面の造りが変っています。屋根に三角形が2つ見えます。これを「破風」(はふ)といいます。普通この破風は正面に一つなのですが2つあります。なかなかどっしりとした立派な建物です。
この神社が鎮座しているところはかなりな山の中です。場所がわからずウロウロ。おまけに「上山宮」と書かれた小さな案内を見落としてしまい行き過ぎてしまいました。あきらめて帰りかけたところ案内板を発見、無事参拝できました。
上山宮前桧
上山宮正面
左上:吉川八幡宮本殿

左中及び右下:「栩葺」模型
栩葺は厚板を重ね合わせる葺き方です。

左下:「打ち割り」技法が発見された部材。鋸が発明されるまではこの方法で板を作っていました。割られた部材は鉋等で仕上げられるため、その痕跡が残らないのが普通です。たまたま目につかないところに使われていたため発見されたそうです。
8,吉川八幡宮(よしかわはちまんぐう:上房郡賀陽町)

この神社の本殿は室町時代の建築で、国指定重要文化財です。平成8年から3年をかけて解体修理が行われました。鋸の無い時代の製材法は、木材に鑿(のみ)を打ち、楔(くさび)で引き裂く「打ち割り」技法でした。修理中一部部材に「打ち割り」技法の詳細がわかる痕跡が発見されました。また、屋根はよくある瓦や檜皮葺きではなく「栩葺」(とちぶき)といわれる葺き方に戻されました。
吉川八幡宮栩葺模型2
吉川八幡宮打ち割り材
吉川八幡宮栩葺模型1
吉川八幡宮本殿
左:磐座の左方から下を見ると高梁川の向こうに国道180号線が見えます。すばらしい自然景観です。古代の人たちはこのようなところで祈りを捧げたのです。


左下:神社に続く参道石段。

右下:神社の脇から細い道を上ると磐座に着く。

総社市内を流れる高梁川の西岸に鎮座しています。道路に面した鳥居から参道石段が神社に続いています。神社は比較的小さいのですが、神社の左脇から細い道が山の方に向かって延びています。その山道を登ると磐座(いわくら)にたどりつきました。磐座は古代の人たちの神祭り(かみまつり)の場所です。巨岩の上や、その陰で神に捧げものをし祈ったと思います。このような磐座が存在する神社はたくさんあります。
9,石畳神社(いわだたみじんじゃ:総社市秦)
石畳神社磐座から国道方面
石畳神社磐座
石畳神社参道
2本の束の上に虹梁が載り、その上に大瓶束。虹梁の下は蟇股なのでしょうが、形が違います。何という部材なのでしょうか。でもここにも松の透かし彫りが・・・。
写真はありませんが、向拝柱にかかる海老虹梁の手挟にももちろん花の彫り物がありました。

というわけで、本殿の周りは彫刻であふれている八幡様でした。
丸柱には木鼻が付いています。その木鼻にはすべて雲形の透かし彫りが彫られています。
真ん中に見える出組の尾垂木、本来これは肘木なのでしょうが、尾垂木の形をしており、これにも彫り物があります。
斗拱(ますがた:拱は”木”偏に”共”とも書きます)
二手先組の組み方です。枠肘木の上に鬼斗を置き、そこから尾垂木が伸びます。尾垂木にも彫刻が入っています。大斗の上に目をやると木鼻がありますが、その木鼻は何と龍の頭をしています。立派なひげが伸びているのですが、見えるでしょうか。この龍頭は建物の隅に全部で8カ所ありました。
頭貫の上の長押と通肘木の間には彫り物があり、これは建物の周り10カ所すべて違っていました。その上の通肘木と丸桁の間の軒支輪にも彫り物が・・・。
拝殿:瓦葺きのごく普通の拝殿。破風もおとなしく飾りっ気はありません。
建物ではないのですが、向拝柱の根本に立てかけた「3本の割り木」はどういう意味なのでしょうか。
燈籠の根本や、鳥居の根本、あらゆる根本に割り木が3本。今度宮司さんに会ったら聞いてみよう。
11,八幡宮(はちまんぐう:瀬戸内市邑久町虫明)

八幡宮という神社はたくさんあります。ここは「裳掛」という字だと思います。(すぐ隣に裳掛小学校がある)何気なく訪れて、参拝。拝殿はごく普通なのですが、後方の本殿の周りをぐるっとまわってびっくりしました。なんと本殿の建物は組み物やすばらしい彫刻で飾られていました。思わず写真をいっぱい撮ってしまいました。地方の氏神様でこれだけ彫刻があるのは珍しいと思います。
(裳掛)八幡宮 拝殿
本殿彫刻2
本殿彫刻1
本殿彫刻3
左:麻佐岐神社後方の「磐座」。麻佐岐神社の御神体です。

左下:「大野」の分かれ道にある小さな石の道案内。(写真右下に「麻佐岐神社道」と石柱が見える。)神社はここから約1500m先にある。

右下:道が狭くわかりにくいだろうと予想し、単車で行きました。この石碑のすぐ向こうに神社があります。
10,麻佐岐神社(まさきじんじゃ:総社市秦)

9,の石畳神社と住所は一緒ですが、鎮座している場所がわかりにくく、かなり探すはめになりました。はじめ神社の西南の方から行く道を地図で見て行きかけたのですが、草が生い茂り行くことができませんでした。近くのおじいさんに道を尋ね、「大野」というところから行く道を教えてもらい、ようやく参拝できました。この神社は苔むした磐座が御神体であり、なんとも言えない神々しさを秘めていました。
この先に麻佐岐神社が
麻佐岐神社 参道入り口の碑
麻佐岐神社 磐座